子どもが12歳になりました。
私も母になって12年。
20歳で結婚し、出産。
そして子どもが生後4か月のときに離婚しました。
そこから今日まで、養育費を受け取ることなく子育てをしてきました。
普段の私を見ている人からは、
「悩みがなさそう」
「自由気ままに生きてそう」
「楽に生きてそう」
と思われることがあります。
確かに今の私は、好きな仕事をしたり、学びたいことを学んだり、ひとりで海外に行ったり、自分のやりたいことをかなり自由に選んでいます。
でも、この自由がずっとあったわけではありません。
振り返ってみると、私は20代の長い時間を、母親として生きることにほとんど捧げてきたと思います。
だから今、少しずつ頼れる環境ができた私は、できるだけ自分を解放させてあげたいと思うようになりました。

はじめまして、紗良です。
仏式自然療法・植物療法研究家として、フランスの植物療法や精油文化について学び、発信しています。
生後4か月で離婚した
離婚したのは、子どもが生後4か月の頃でした。
離婚理由は、生物学上の父親がお酒を飲んでばかりで働かなくなり、病院を受診したところアルコール依存症と診断されたからです。
当時、医師からは、このまま飲酒を続ければ長くは生きられないこと、内科的な処置で解決できる状態ではなく、本人の意思でお酒をやめるほかないと説明されていました。
そして離婚から6〜7年ほど経った頃、彼は亡くなりました。
離婚したからといって、子どもを育てるためのお金を支払わなくてもいい理由はありません。
でも私は、一度も養育費を受け取ることなく、子どもを育てることになりました。
20歳の私は弁護士に相談した
当時の私は20歳。
法律のことも、離婚後の生活の作り方も、ほとんどわかりませんでした。
(ただ、この子を育て上げるんだと腹を括ることはできた)
そんな私に、社会保険労務士だった祖父が知り合いの弁護士を紹介してくれ、弁護士の活用方法を教えてくれました。
そこで人生で初めて弁護士に相談することになり、会いに行きました。
相談の結果、相手に仕事がなく、お金がなければ養育費を受け取ることはできないということでした。
働けない。
お金がない。
そのような相手からは養育費も請求できないと。
でも、子どもは生きています。生活費は毎日必要です。
食事も服も、学費も医療費も、日々の暮らしは父親の調子に関係なく、必要なのです。
一番苦しかったのは、お金よりもひとりになる時間がないこと


シングルマザーの大変さと言うと、まず「お金」が想像されるかもしれません。
もちろん、お金も大切です。
でも、私にとって特に苦しかったのは、ひとりになる時間がなかったことでした。
特に離婚してから6〜7年ほどは、6歳下の兄弟はまだ学生で、両親は学費や生活も抱えており、共働きでした。
実家があるからといって、いつでも子育てや生活を頼れる状況ではありませんでした。
そして何より、幼子は私にべったり。
朝起きてから夜寝るまで母親で居続けるのです。
仕事に行っていても、夕飯や保育園からの迎えのことをふと考えてしまう。
眠っている間も、子どもがいる。
次の日も、その次の日も同じです。
ひとりでぼーっとする時間、好きなときに寝ること、思いついたときに外へ出ること、自分だけのために1日を使うこと。
そんな当たり前のことが、何年もほとんどありませんでした。
私の人生も、身も心も、子どもに捧げている感覚
今振り返ると、あの6〜7年は特に、私の人生も、身も心も、ほとんどすべてを子どもに捧げていたと思います。
もちろん、子どもをひとりで育てると決めたことに後悔しているという意味ではありません。
ただ、「母親だから当然」で片付けてしまいたくもありません。
20代の私は、ひとりの人間として自分の時間を生きることより、母親として子どもの生活を守ることを優先し続けました。
そうしなければ、目の前にいる子どもの生活が成り立たなかったからです。
母親である前に私もひとりの人間だけど、その頃はそんなことを考える余裕すらなかったように思います。
「自由に生きていていいね」と言われる今
今の私は、ひとりでフランスへ行ったり、好きな仕事をしたり、興味のあることを学んだりしています。
出張で家を空けることもあります。
好きな時間に仕事をして、疲れたら休む。
やりたいことがあれば、とりあえずやってみる。
だから今の私だけを知っている人には、
「自由でいいね」
「悩みなさそう」
「好きなことをして生きていそう」
そう写っているでしょう。
はい^^
意図して、そのように生きようと決めたのです。
今は、頼れる環境ができた


子どもが成長したことや、実家の両親の生活が落ち着いてきたこともあり、今では私が出張などで家を空けるとき、両親に子育てをお願いできる環境になりました。
12年前にはなかった環境です。
だから私は、頼れるときは頼ることにしています。
ひとりで出かける。
旅をする。
勉強をする。
何もしない。
眠りたいときは眠る。
自分が心地よいと思うものを選ぶ。
昔の私だったらできなかったことを、今の私は少しずつ自分に許しています。



自由になったというより、ようやく「自分のために使っていい時間」が戻ってきた感覚に近いです。
だから私は、自分を解放させてあげたい
20歳からの私は、かなり壮大なものを抱えて生きてきたと思います。
子どもの命と生活に責任を持つこと。
収入を作ること。
毎日の暮らしを回すこと。
自分が倒れても代わりがいないこと。
そして、それを何年も続けること。
その時間を経験した自分に、これから先まで、
「もっと頑張らなきゃ」
「母親なんだから」
「ちゃんとしなきゃ」
と言い続ける必要はないと思っています。
頼れる環境ができたなら、頼ればいい。
行きたい場所があるなら、行けばいい。
疲れたなら、眠ればいい。
何もしない日があってもいい。
自分のためにお金や時間を使ってもいい。
私は今まで十分に「誰かのため」に生きてきたと思うからです。
それが今、私が自由に生きようとしている理由のひとつです。
それでも、12年間ずっと疑問に思っていること
子どもが12歳になった今、改めてこの12年間を振り返って思うことがあります。
なぜ、子どもを育てる責任は、実際に子どもと暮らしている親(養親)に偏りすぎるのだろうかと。
夫婦としての関係が終わった後、毎日養育をする方としない方がいます。
養育費を渡し、時々面会するなどしてよい関係を築けているならよいと思います。
でも、中には養育する責任から簡単に逃げる人もいます。
2026年4月、日本では離婚後の子どもの養育に関する制度が大きく変わりました。
しかしながら、現場の感覚からすると「これで、養育する側が本当に守られるのか」と甚だ疑問です。
海外では、養育費を支払わない場合、行政はどこまで関与してくれるのか。
参考までに別の記事で比較していますので、ご覧ください。


子どもが12歳になった今
12年前。
20歳だった私は、生まれたばかりの子どもを抱え、ひとりで責任を負っていくことを決めました。
決して、自由で楽な20代ではありませんでした。
しかし今は、あの頃は想像もできなかったくらい、自分の人生を選べるようになりました。
だから、これからは母親としてだけではなく、ひとりの人間として自分の人生も大切にしたいです。
誰かから見たら、
「自由気まま」
「好きなことばかりしている」
「楽そう」
というように見えるかもしれません。
それでいいと思っています。
今の私は自分の時間を自分で選べることが、どれだけありがたいことなのかを知っているからです。
これまでの12年間を抱きしめて、これからはもっと自由に、楽に生きていこうと思います。








